Original Article: Beyond Health

熱々の 叉焼豚、 焼売、 酢豚など、 香港の 伝統 食に 欠かせないの が豚肉。健康志向 に加えて、 地球に 優しい ライフ スタイルへの関心がグローバルに高まる昨今、決してベジタリアンやヴィーガンに積極的とは言えなかった香港の飲食も変わりつつある。そんな中で香港ブランドのプラントベース代替豚肉「オムニポーク」は、香港の食と健康の未来図に欠かせない存在になっている。その考案者で、香港の食を変えようと奮闘してきた「グリーン・コモン」CEOのデイビッド・ヤン氏に開発秘話や香港最新事情をうかがった。

肉食愛好者の多い香港でもベジタリアンが増加中

香港を本場とする広東料理と言えば、肉や魚と共に野菜もたっぷり使い、素材を生かしたあっさりした味付けが特徴。そんな栄養バランスが良い健康的な食生活が、香港の最長寿を実現した要因の一つであることは確かだ。とはいえ、抗生物質やホルモン剤に頼った飼育や環境破壊など、現代の畜産産業の在り方への疑問が世界的に広がり、新たな食の選択肢が求められているのは、香港でも同様だ。

「グリーン・コモン」が2014年~2018年に行った「Hong Kong Vegetarian Habit Survey」によると、香港でのベジタリアンの人口は2016年2.5%から2018年3.7%と増加中。特に女性は2%未満から約5%と倍増している。そして「週一回以上ベジタリアンとなる『フレキシタリアン』」は全体の24%。一方で自らを「ハードコアな肉食愛好者」と呼ぶ人は、2014年の27.1%から2018年の15.2%とほぼ半減。

「2012年に代替豚肉の開発を決めた頃は、頭のおかしい人扱いをされていたよ」と語るのは、香港ブランドのプラントベース豚肉「オムニポーク」考案者のデイビッド・ヤン氏。食の伝統を重んじる香港では異端視されたが、今では14年連続ミシュラン三ツ星を維持する広東料理店「龍景軒」でもメニューに取り入れられているほど。

ミシュラン三ツ星店の料理長はこう語る…

「龍景軒」総料理長の陳恩徳氏は、オムニポークの採用について次のように語っている。

「蓮根やキノコと一緒にすり身にして蓮根の輪切りに載せて炒めたり、ミートボールにして上海風スープの具にしたりと、伝統メニューをオムニポークで差し替えている。オムニポークは、通常の豚肉と比べて、食感や風味に遜色はほぼないし、調理法も同じ。言われなければ代替肉とは気が付かないレベル」と断言する。

「注文するお客様は、メニューを見てプラントベース肉に好奇心を抱いた方で、好評だ。ただ、以前に『小籠包』などの点心に使用した際は、お客様から『せっかくの龍景軒だから、正統派の豚肉バージョンを食べたい』との声が高かったので、点心への使用は取り止めた。現在はひき肉だけなので、今後、別スタイルの製品が出てきたら、使用範囲が広がるかもしれない」

また、アメリカ発のプラントベース牛肉「インポッシブル・ミート」を使った一品も現在メニューにある。松の実、インゲンなど季節野菜と一緒に炒めて、レタスに包んで食べる料理で、こちらも限りなく「肉」を感じさせる風味と食感だった。

豚肉をターゲットにしたのは自明の理だった

今や大成功を遂げている「オムニポーク」は、デイビッド・ヤン氏自身が直面した悩みから生まれた。ニューヨーク在住だった2000年頃からベジタリアンになったというヤン氏は、「2003年に香港に戻ったとき、日々の生活が非常に困難になった」と振り返る。

「香港で友人と食事に行っても、肉や魚以外のメインディッシュはほとんどない。香港人は肉が好きだし、温かい食べ物を好むからサラダも受け付けなくて、選択肢がとても限られていた。100%ベジタリアンやヴィーガンになるというのは、香港人にはハードルが高すぎるから、着地点を『フレキシタリアン』として『グリーン・マンデー』を奨励するとともに、ブリッジとなるプラントベースの代替肉があれば、肉の消費量を減らしつつ、社会に影響を与えることができると考えた」

プラントベース肉の先駆者としてアメリカで開発された「インポッシブル・ミート」や「ビヨンド・ミート」は、共に牛肉の代替肉。「アジアで最も食されているのは豚肉。例えば世界で豚肉消費は肉全体の40%だが、中国では65%にも及ぶほど。香港を中心にしたアジアの食に影響を与えるなら、豚肉をターゲットにするべきだというのは自明の理だった」とヤン氏。

構想段階を経て、ヤン氏は2014年から、数十年間にわたる開発経験を持つカナダ・バンクーバーの食品化学研究機関との共同作業で、豚肉代替肉の研究開発を進めた。

この開発期間にこだわったポイントが2つある。第1は「調理する際に、特別な処理や工程を加える必要がなく、豚肉とまったく同じに扱えること」。つまり炒める、蒸す、揚げる、詰め物にする、ミートボールにするなど、あらゆる調理法を使っても、豚肉としての味、食感、香りなどの特徴が保たれること。

第2は、「豚肉よりも健康的であること」。「オムニポーク」と豚肉を比べると、コレステロール値0、カロリー66%減、飽和脂肪酸86%減、カルシウム260%増、鉄分127%増、さらに豚肉には含まれない食物繊維も100g中4.5gという圧倒的な差が生まれている。

そしてこれらの品質を維持したまま大量生産できる体制を構築。詳細な原料や構成は公開していないが、主な原料として、非遺伝子組み換え大豆、シイタケ、米、サトウキビなどを使用し、工場はタイにあるという。

完成度の高さが認められ、香港では高級広東料理店を中心に使用レストランが急増中。さらにタイ、台湾、シンガポール、ベトナムなどでも使われ始めており、2020年は日本でも使用が始まる予定だ。

香港人の食生活に確実に浸透中

「肉好きが多い香港で、肉消費量を減らすには、たとえば毎週月曜日はベジタリアンになろうという『フレキシタリアン』を勧めることがもっとも現実的」と考えたヤン氏。2012年に創業した会社名「グリーン・マンデー」は、そのままヤン氏が率先しているムーブメントの名称にもなっている。

2017年には香港の中心地にビーガンのためのミニスーパーマーケット「グリーン・コモン」を開業。家庭での調理用に「オムニポーク」などを販売しているのはもちろん、ベジタリアン/ヴィーガン先進国である欧米の製品に加えて、良心的な地元ブランドが厳選されている。旧正月には贈答品として必須の大根餅も、オムニポーク版を作るなど、香港の習慣やライフスタイルに沿った品揃えが好評で、今や香港に6店もの展開をするようになった。

「グリーン・コモン」では、売り場とともに、必ずカジュアルなカフェレストランを併設しており、ここでは「オムニポーク」を使ったパスタや餃子、ヴィーガンチーズのピザなどのメニューが周辺の会社員や家族連れに人気を呼んでいる。

伝統の食を守るのと同時に、現代の食を巡る環境を直視し、香港の時流を少しずつ変えているデイビッド・ヤン氏。かつての変人扱いから、香港人にとっての未来の健康に好影響を与える新世代の実業家として、ますますの飛躍が期待できる人物だ。