Original Article: NewsPicks

「日本では今年5月ごろにフェイク豚肉が食べられます。みんな知っている有名な飲食チェーンやホテルと、話を詰めているんだ」

2020年2月6日、NewsPicks編集部はアジアで急成長するフェイクミートの創業者にインタビューをしていた。

ディビット•ヤン、43歳。

2年かけて開発したフェイク豚肉「オムニポーク(Omnipork)」は、2020年上半期にアジア(香港、台湾、中国、シンガポール)など16力国において、スーパーやレストランなど1万5000店舗以上で売られる計画だ。

その味は、多くの消費者を納得させてきた。

香港ではミシュラン三つ星を獲得した名門中華「龍景軒」の厨房が、このオムニポークを常用。一方で台湾の餃子チェーン「八方雲集」では、フェイク豚肉の餃子(10個約200円)が毎週100万個も売れている。

果たして、日本参入のアイディアは何か。吉野家でフェイク豚丼が登場したり、人気ラーメン店でフェイクチャーシュー麺が食べられるのか。

「それは、まだ明かせません。3月に東京で開かれるフードショーで、ぜひ会いましょう」(ヤン氏)

アジアの舌と胃袋を知り尽くした、フェイクミートの黒船がいよいよ日本に上陸する。その全貌について、創業者のヤン氏をインタビューした。

豚肉1キロに「6000リットル」

香港の食品ビジネスを牛耳る一族に生まれたヤンは、米国のコロンビア大学に留学をしていた2001年、ベジタリアンに転向した。

初めは動物愛護から肉を食べるのを断ったが、2006年に発行された国連のレポー卜を読み、どれだけ食肉産業が地球にダメージを与えているのかを知って驚愕したという。

例えば豚肉を1キロを作るために、草や飼料などの穀物が7キロ、さらにお風呂の水にして30回分(バスタブを満たすのに約200リットル)の水を必要とする(農林水産省調べ)。

「とんでもない、食料の大問題にぶち当たっていることに驚きました」

しかしアジアの国々における肉の消費量は天井知らずで、例えば中国はひとつの

国で、世界の豚肉の50%近くを食べていることになる。

そこで2012年、ヤンは「グリーンマンデー」という非営利団体を立ち上げた。 

グリーンマンデー(緑の月曜日)は、いきなり完璧なベジタリアンにはなれなくても、毎週1日くらいは肉を食べない日を作ろうというムーブメントだ。

さらに地球に優しい自然派食品のスーパーマーケットを展開。植物性のミルク、 チーズ、肉などを販売する、ニッチな店舗を広げていった。 

そこで業を煮やした2016年、ついに独自のフェイクミート開発に乗り出した。狙いはアジア人が最もよく食べる豚肉だ。

お年寄りが「これ、おいしい」 

約2年かけて厨房で開発した、オムニポークというフェイク豚肉のレシピは秘密だ。

「現在はタイと中国にある工場で量産をしていますが、どのようにして作っているのかは明かせません」

同社によれば、大豆やえんどう豆などに加えて、シイタケ、ビーツ、米などの材料を絶妙に組み合わせており、さらに粘着剤や固化防止剤なども入れている。

パッケージを開くと、ピンク色をしたひき肉のようなパティが現れる。難しいのは①味、②舌触り、③栄養価、そして④手頃な価格のバランスだ。

いくらおいしいフェイクミートでも、高価なら多くの人は敬遠する。しかし才厶ニポークの価格は、すでに市販の豚肉に限りなく近づいている。

下記は、現在の香港のスーパーマーケットで並んでいる値札だ。最近の豚肉の高騰を受けて、一部ではフェイクミートの方が安いという現象すら起きている。

味でこだわったのは、中華料理によくマッチする風味。飲茶の餃子やシューマイ

にも使えるし、麻婆豆腐、ラーメンの肉団子、酢豚、トンカツに使うのも人気だという。

ヤンにとって開発段階で、最も嬉しかった瞬間は、フェイクミートという言葉すら聞いたことのないお年寄りのリアクションだったという。

「これはお肉ですとお渡しして、レシピも一切つけませんでした。そうしたら蒸した方、炒めた方、揚げてみた方がいたのですが、みんな『おいしいけど、これって何のお肉なの?」と言ってくれたのです」

2019年には香港の料理番組『SoGood(蘇GOOD!)』のホスト役、スージー • ウオンが試食。

いつもは辛口な批評でよく知られる彼女が、このオムニポークを食べて、驚きの表情を浮かべていたという。

高級ステーキには「憧れない」 

本当に人々は、おいしいお肉を食べるのを諦めて、フェイクミートを買うようになるのだろうか。率直に尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「これは世界的なトレンドです。北米やヨーロッパで始まったこの動きは、中国でも急速に広がっています」

ヤンによれば、30年前は「タバコ、フカヒレ、毛皮」の時代だった。タバコを吸

うことはセクシーで、金持ちは飲食店でフカヒレを注文し、毛皮やファーがついた高級ブランド服は憧れだった。

しかし、現在は嫌悪の眼差レすら向けられる対象だという。

その代わり、新しい三種の神器は「ヨガ、アボカド、電気自動車」だという。地球環境に優しく、カラダにとっても良いことがクールだという文化だ。

もちろん、そこには高級ステーキではなく、最先端のテクノロジーで開発された植物肉を食べるというムーブメントも含まれる。

「若い世代は、プラスチックのボトルを買わずに、自分のマイボトルを持ち歩くでしょう。彼らは『フカヒレやお肉を食べるなんて、前の世代がやっていたことだよね』と言うでしょう」

同社によれば、オムニポークを支持している顧客層は、やはり20代を中心としたミレニアルズ世代が圧倒的に多いのだという。

2019年11月、アリババのECサイト「T-mall」で、初めてオムニポークのオンライン販売を開始。すると1袋(230グラ厶、約430円)が2日間で4000個、重量にして1トンが売れたという。

面白いのは、その消費者の54%が1990年代以降生まれのミレニアルズで、その多くが上海や深セン、杭州などの都会で暮らしていたという。

肉じゃなく「思想を創る」

ヤンにとって、フェイクミートの開発は「仕事の一部」でしかない。むしろ、サステナビリテイの高いビジネスを後押しする、プラットフォー厶を育てたいと考えているのだ。

下記の図は、ヤンが経営しているグループ企業の一覧だ。オムニポークを開発しているのは、3番目のライトトリート社のビジネスにすぎない。

むしろ思想の中心になっているのは、グリーンマンデーという非営利団体だ。

すでに紹介したように、この組織は1週間に最低1度は、植物性の肉を食べようという呼び掛けをおこなっている。すでにグーグル、HSBC、コロンビア大学といった賛同者と提携しており、このムーブメントを広げようとしている。

一方で、リアル店舗を手掛けているのがグリーンコモン。ここは自社製品にこだわらず世界中の植物性のプロダクトを扱っているスーパーマーケットやレストランを運営している。

例えば、米国発のフェイクミート「ビヨンドミート(BeyondMeat)jであったり、アーモンドミルクやオーツミルクを扱う「カリフィア(Califia)」、植物性チーズやバターなどの「ミヨコズ」などの商品がずらりと並ぶ。

「香港、台湾、シンガポールの有名スーパーに行ってみてください。そこには最新の植物性フードが売られていますが、その流通を担っているのは私たちです」

オムニポークは、あくまでこうした活動の一環なのだと断言する。

いよいよ日本上陸

現在、彼らは日本市場にすでにチームを派遣している。 

もっぱら日本の消費者のデータを集めて、フェイクミートを使った料理メニュー

を検討。有名なフードチェーンの経営陣や、ホテルなどとも商談を進めているという。

「日本で開かれるオリンピックは、大きなチャンスです。日本が菜食主義者だけでなく、八ラル、コーシヤー、グルテンフリーなど、世界中の人の嗜好にあった食事を準備しようとしているからです」

一方で、新型コロナウイルスの感染拡大をうけて、中国では取引先のレストランの多くが閉店を余儀なくされているのだという。

ヤンは決してロにはしないが、今回のコロナウイルスの感染ルートが、武漢市

(湖北省)の野生動物の肉を取引するマーケットだったことは、長期的にオムニポークの追い風になるはずだ。

「中国政府は今回の新型コロナウイルスの発生を受けて、動物の肉の供給先と流通ルートについて間違いなく調査を進めるでしよう」

つまり、多くの中国人は伝統的な肉を食べる習慣や、野生動物の流通などについて、その考え方を大きく改めるターニングポイントに来ているということだ。

最後に、米国発の人工肉ベンチヤーであるインポッシブル•フーズや、ビヨンドミートとの違いを聞いてみた。

「私たちはアジアのマーケットを理解しています。これは自慢ではなく、食は文化そのものだということです。過去8年間、香港でビジネスをしてきましたが、当初は植物性の食品なんて存在せず食生活を気にする人もいませんでした」

そうしたカルチャーを、ゼロから作ってきた自負心があるのだろう。

「でも本当のライバルは、既存の食肉産業だというのが正しいでしよう。明らか

なのは、この気候変動は一人の大統領、首相が解決できる問題じやないってこと」

だからフェイクミートというビジネスを通じて、これからも気候変動と戦っていくのだ。

(取材:洪由姫、編集:後藤直義、デザイン:堤香菜)